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「毎日がミスコン」―もうたくさんだ。差別ある日常を祭るな、呪え!

「毎日がミスコン」―もうたくさんだ。差別ある日常を祭るな、呪え!

 

 女性が絶えず美醜によって順位づけられる日常を私は生きている。男性もある程度そうであるが、順位づける側―順位づけられる側の力関係は男女で圧倒的に非対称になっている。テレビ、広告、小説、漫画などの大衆文化や商品を消費するにつけても、若く美しくありつづけることは女性にのみに課せられたノルマであると学習させられる。そのようなシビアで不当な立場から落ちようとする女性や、若く美しくない女性、見られる側でなく見る側・順位づける側にまわろうとする女性、自分の容姿を肯定的に評価し表明する女性は執拗に攻撃される。

 キャンパスミスコンは祭典のかたちをとるが、その祭典は、私が慣れ親しんだ性差別社会においては「非日常」にはなり得ない。ミスコンは、女性差別を看過し承認し再生産してゆく「日常」の作法を、明るく健全な雰囲気のなかで大々的にお披露目するものであると同時に、打ち毀すべき「日常」の象徴でもある。